お父、お母という岡山弁?について
千鳥が両親のことをお父、お母と言っているのを聞くと、やっぱり岡山弁は関西弁とは微妙に違うんだなと思います。関西だとよくおとん、おかんと言いますもんね。しゃべっているところを聞いていると、千鳥の場合は大阪を拠点にしていた時期が長いので、大阪弁の要素がだいぶ混じっているんだろうなと思わせるところが興味深い。お父、お母で思い浮かべるのがフォークナーの死の床に横たわりての佐伯彰一訳です。登場人物のしゃべりが中国地方の方言っぽく訳されているんですね。こういうのが翻訳の楽しさだと思います。海外文学の場合は昔のものと最近のもので雰囲気が違うことがよくありますね。古めかしい昭和っぽい訳語っていうのがやっぱり味わい深いんだよな。
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